『白と黒の旋律』
第12話:後編

「高橋さん?」
「あ……、先輩……」
 僕は、高橋さんを呼び出していた。
「手紙ありがとね」
 恥ずかしそうに、高橋さんは俯く。
 手紙の内容は、予想通り僕を好きだという内容だった。
「でも、ごめんね……」
「やっぱり、そうなんですね」
「え?」
「いえ、先輩は誰に告白されても断ってるって……。やっぱり好きな人がいるんですか?」
「いないよ」
「アリエル先輩ですか?」
「違うって」
「月島先輩ですか?」
「2人は、そんなんじゃないよ」
「じゃあ、何ですか!」
「2人は……」
「2人は?」
「いいじゃないか。もう2人はいないんだから」
「よくないです!」
 そう言いながら、高橋さんは急に泣き出しその場にしゃがみこむ。
「あのね、僕は好きって気持ちがわからないんだよ。だから、2人はそんなんじゃないから」
「じゃあ、私が教えてあげます!」
 急に、高橋さんは立ち上がる。
「え? と、とにかく、僕はもう行くよ」
「待ってください!」
 歩き出した僕の背中に、高橋さんが抱きついてくる。
「ちょ、ちょっと……」
「私、諦めませんから!」
 困った……。
 こういうとき、どうしていいのかわからない。
 ちょうど、そんなとき鐘が鳴る。
「ぼ、僕、学園長室に行かなきゃだから!」
 無理矢理、高橋さんを振りほどく。
 どうしていいかわからず、思わず走る。
「私、絶対諦めませんから!!」
 後ろの方から高橋さんの声が聞こえたが、立ち止まる勇気も振り返る勇気も、僕にはもうなかった。
 頭が混乱していた。
 今までは、告白されても断ると大抵の女の子はその場で泣き崩れたり勢いに任せて抱きついてくる子もいたが、諦めないと言われたのは初めてだった。
「僕なんかが、人に好かれていいわけない」
 学園長室までの廊下を歩きながら、僕は呟く。
 幸い、廊下には放課後とあって、歩いている人はまばらで僕のことを気に留める人はいないようだった。
「好きになるって、なんだろう」
 人を好きになったことがない僕には、わからないことだった。
 そんな僕が、人に好きになってもらうなんてされていいわけがない。
 まして、大切な仲間さえ守れないのに……。
 もう2度と、会うことが出来ないセシリア。
 何ヶ月もたつのに、全く目を覚まさない茜。
 目を覚ましたばかりの頃、僕は自分の体に起きたこと、そして2人のことを聞かされた。
 最初は、すぐにでも茜が目を覚ますだろうと思っていた。
 セシリアだって、力のなくなった僕の代わりに結城さんが助け出してくれるだろうと思っていた。
 けれど、実際はそううまくいかなかった。
 セシリアを助け出すというのも、死んでしまっているセシリアにはおかしいかもしれないが、それでもせめて遺体だけでも僕たちが埋葬したかったのに、セシリアの遺体の場所はわからなかった。
 よく考えれば、それは当たり前だ。
 セシリアの遺体の場所がわかるということは、白魔の居場所がわかるということ。
 もし、白魔の居場所がわかっているなら、きっと僕が自分の力に目覚める前に結城さんたちが伯爵と呼ばれる白魔を倒していただろう。
 だが、それが出来なかったのは白魔の居場所がわからないからだ。
 それはつまり、セシリアの遺体の場所もわからないということになる。
 茜も、一向に目を覚ます気配がなかった。
 ミシングさんの話では、長時間白魔と触れ合っていたせいだろうということはわかっていたが、だからといって茜の目を覚まさせる方法はわからないらしい。
 それでも、今でもミシングさんや本部の人たちは色々と調べてくれているが、いまだに何も連絡がない。
 こうなったのは、全て僕のせいだ。
 僕があの時、白魔だとわかってすぐにでもセシリアたちを逃がせばよかったんだ。
 いや、ちがう。
 そもそも、僕があんな力に目覚めたから2人を巻き込んでしまったのかもしれない。
 僕にはじめから力なんて、なかったらよかったんだ。
 そしたら、2人があんなことにならなかったかもしれない。
 考えれば考えるほど、僕のせいだとしか思えなかった。
 それでも、葵さんはそんな僕に、
「今は茜が起きたときのために、元気に普通の生活してなさい? 自分を責めてるあなたを、起きた茜が見たら何て言うか考えなさい?」
 と、優しくそして厳しく諭してくれた。
 僕が、普通の人間らしい生活なんてしていいわけがない。
 ただ、やっぱりそのときのただ呆然と毎日を過ごし、ひたすらに自分を責め続ける僕を茜が見たら怒るかもしれないと思い、無理に笑顔を作るようにした。
 それでも、やっぱり僕は自分を責めざるを得なかった。
「あ、葵さんどうしたんですか?」
 学園長室の前に、葵さんが立っていることに気付く。
「あなたが遅いから、生徒会室に様子を見に行こうと思ってたのよ」
「すみません」
 考え事をしていたせいか、のんびり歩いてしまっていたようだ。
「とりあえず、中に入りなさい? りょうも待ってるわよ」
 はいと返事をし、葵さんに促されるままに学園長室に入る。
 結城さんは、いつものように壁によりかかって立っていた。
「結城さん、お久しぶりです」
「ああ」
 結城さんと会うのは、もう何ヶ月ぶりだろう。
 あの事件のあと、僕は1週間ほどで目を覚ました。
 そのとき、僕の元に結城さんはいた。
 だが、それからずっと会っていなかった。
「結城さんって、いつも座ってないですね」
「言われてみれば、そうね」
「聞きたいか?」
「え?」
「あの恐ろしい話を……」
「恐ろしい話……?」
 僕は、学園長室のソファに座る。
「あれは、ちょうど物心つき始める小学1、2年生の頃だった。俺はいつものように教室の自分の席に座っていたんだ」
 結城さんは、思い出すのも怖いという感じで、顔を青ざめさせ話し始める。
「授業の途中でな、ふと俺は大きい方をもよおし、トイレに行きたくなったんだ。しばらく我慢してたんだが、やっぱり俺だって人間だ。限界はある」
 結城さんの顔は、ますます青ざめていく。
「先生にどうしてもトイレに行きたいと頼んで、トイレに行かせてもらった俺は、急ぎ男子トイレに駆け込んだ」
 なんとなく嫌な予感がしてくる。
「個室に入り、ことを済ませ俺は気付いた」
「何があったの?」
「それは……」
「それは……?」

「ケ、ケツが割れていたんだ!」

「は?」
「恐ろしくなった俺はそれを誰にも言い出せず、毎日悩んだ。そして、ある時答えにたどり着いた」
「答え?」
 葵さんは、すでに呆れた顔をしている。
「そう、それは毎日座っていたからだ!! 毎日座っているとケツが割れる! だから俺はこれ以上割れないために座らないようにしているんだ!」
 なぜか、こぶしを持ち上げ熱弁する結城さんに、僕は頭が痛くなる思いがした。
「葵さんが、なぜ結城さんと付き合っていたのに別れたのかわかった気がします……」
「はは……」
 乾いた笑いをする葵さんを尻目に、結城さんは、
「お前たちもケツが割れないように気をつけるんだぞ!!!」
 なんて、言っている。
「と、ところで、結城さんはどうして来たんですか?」
「そうだな」
 結城さんは、僕に向き直る。
「お前は、今セシリアたんと月島茜についてどう思っている?」
「え?」
 意味がわからなかった。
 結城さんが、セシリアのことをたん付けで言うのはいつものことだったが、言っている内容の意味がわからない。
「それは、どういう意味ですか?」
「いいから答えろ。お前は2人をどう思っている?」
「意味がわからないから答えようがないですけど、とにかくセシリアの遺体を見つけ出してほしいです。茜は、一刻も早く目を覚ましてほしいです」
「そうか……」
 結城さんは、また腕を組み何事か考えている様子だった。
 僕は、不安になり葵さんを見る。
 葵さんは、わざとなのかそれとも偶然なのか僕と目を合わさない。
「まあ、とにかくこれでも飲みなさい?」
 葵さんが、紅茶を出してくれる。
 アールグレイのいい香りがした。
「頂きます」
 葵さんの煎れてくれる紅茶は、好きだった。
 ゆっくりと口に運ぶ。
 煎れたばかりでまだ熱い紅茶を、僕はやけどをしないようにゆっくりと啜った。
 口いっぱいに広がるアールグレイの香り。
 それを僕は、ゆっくり飲み込んだ。
 パリンッ
 急にめまいがして、僕は紅茶のカップを落としてしまった。
 拾おうにもめまいはどんどん強くなり、座ってさえいられなくなってくる。
「ごめんね」
 葵さんの謝る声が聞こえた。
 だけど、もうそれに返事をすることさえ出来ない。
 でも、わかった。
 これは、葵さんが何かしたんだ。
「あなたにこれ以上辛い思いさせないため……」
 僕に……?
「葵、甘いな。こいつは、自分の力がなくなったからといって何かするわけでもなく、ただ今の自分に甘んじていた。そのくせ、思っていることは、きっと俺たちがなんとかしてくれるだろうと思っている。しかし、自分を責めることで、何も逃げてないと錯覚しているだけだ。そんな弱いやつはいらん!」
「りょう……」
「まあ、そういうことだ。次にお前が目覚めたとき、俺たちのことは忘れて、セシリアたんや月島茜のこともただの同級生としか考えられなくなっているだろう」
「セシル……。もし、セシリアや茜のことをもう一度思い出すことがあれば、今度は逃げないでね……」
 僕は、逃げてるつもりはなかった。
 でも、逃げていた。
 その報いがこれだ。
 もし、もう一度思い出すとき……。
 僕に、思い出せるのかな……。
 いや、絶対に思い出してやる!
 でも、そのあとどうすればいいんだろう……。
 僕に、何が出来るんだろう。
 茜が起きたとき、今度こそ僕が守れるように強くなりたい!
 セシリアの仇を取りたい!
 そして、セシリアの遺体も絶対見つけたい!
 でも、本当に僕に出来るんだろうか……。
「ゆ、結城さん……」
「なんだ?」
「ぼ、僕に出来るでしょうか……?」
 その言葉に、結城さんはぐっと拳を前に突き出した。
 そして、
「待ってるぞ!」
 その言葉を聞き、僕は気を失った。



「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」
「う……うん……」
 誰かの呼ぶ声に、僕は薄っすらと目を開けた。
 そこには、見慣れた顔があった。
「な、奈菜……?」
「よかったぁ〜」
 奈菜の表情は、ほっとしたという顔だった。
「僕、どうしたんだっけ?」
 僕は、真っ白なベッドに寝かされていた。
 ここは、保健室……?
 どうして、僕はこんなところに寝かされているんだろう。
 ここに来る前のことが、思い出せない。
「お兄ちゃん、階段から落ちたんだって。私、ちょうど帰るところだったから、びっくりしたよ」
「階段から落ちた……?」
 本当に、そうなのか……?
 思い出そうとすると、頭がズキズキする。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「あ、う、うん……」
「それなら、いいけど……」
 なんだか、すっきりしなかった。
 僕は何か、とんでもないことを忘れてしまったような、空虚さが漂っていた。
「じゃあ、私先生呼んでくるね」
「うん」
 返事とともに、僕は体を起こす。
「あ、奈菜先輩。お兄さん起きました?」
「うん。先生は?」
「さっき、職員室に行くって出て行きました」
「そう。じゃあ、私職員室に言ってくるね」
 カーテンの向こうから聞こえたのは、奈菜と誰か女の子と話す声だった。
 誰がいるんだろう。
 それは、すぐにわかった。
 カーテンを開け入ってきたのは、あのとき僕に諦めないと言った高橋さんだった。
「どうしてここに?」
「先輩が階段から落ちたって聞いて……。もしかしたら、私と会ったあとだったから、私のせいかなって思って……。本当にすみませんでした」
 高橋さんは、落ち込んでいるのか目を伏せて言った。
「高橋さんのせいじゃないから、大丈夫だよ」
「はい……」
 そこから、会話が出来なくなる。
 何故か、気まずかった。
「あの……」
「あの……」
 2人の声が重なる。
「ご、ごめんね。何?」
「私の方こそ……。先輩なんですか?」
「いや、高橋さんからでいいよ」
「いえ、先輩からで……」
「ふ……。あはは……」
「ふふ……」
 なぜかわからないけど、急におかしくなって僕たちは笑い出す。
「高橋さんは、奈菜とどういう関係なの?」
「奈菜先輩とは、図書委員会で知り合ったんです」
「奈菜が、図書委員!?」
 正直、似合わない。
「なんでも、楽そうだからだそうです」
「あ、やっぱり?」
 奈菜なら言いそうだった。
「高橋さんは?」
「私は、本が好きなので」
「どんな本?」
「……」
「ん?」
 高橋さんは、急に口をつぐんだ。
「耽美系の本です……」
「え……?」
 高橋さんは、小さくつぶやく。
「耽美って……」
 僕は、もちろん読んだことはない。
 ただ、内容がどんなのかは知ってる。
「それって……、男同士がイチャイチャしたりしまいにはキスしたりする本だよね……?」
 高橋さんは、無言で頷く。
 僕は、何か聞いてはまずいことに触れてしまったようだ。
「って、あれ? 図書室にそういう本があるの?」
「はい……」
 なぜ、そんな本があるんだ……。
 僕は、ちょっと呆れていた。
 と、高橋さんが急に泣きそうな顔になる。
「ど、どうしたの?」
「だって、先輩。呆れたって顔してるから……」
「あ、いや。高橋さんに呆れてるとかじゃないよ? どんな本だろうと本に変わりはないんだし、趣味なんて人それぞれあるしね。それより、僕が呆れたのは、そんな本が図書館にあることがびっくりしてね……」
「じゃあ、私に対してじゃないんですね?」
「うん。そういう偏見はないから大丈夫だよ」
 僕は、ニコリと返す。
 それを見て、高橋さんも安心したようでニコリと笑い返してくれた。
「ところで、高橋さんの聞きたかったことは?」
「あ……。さっきの話をまたぶり返してしまうんですけど、どうしても聞いておきたかったことがあるんです」
「何のこと?」
「先輩にとって、アリエル先輩と月島先輩は何なんですか?」
「? アリエル? 月島? ああ、同じ学年のアリエルさんと月島さんね。その2人がどうかしたの?」
「は?」
「別に何にもないよ? 話したこともないし」
「え?」
「うん? どうかした?」
 高橋さんは、かなりびっくりした顔をしているが、僕はありのままを話しただけだ。
 どういうことなのか、わからない。
 それから、高橋さんは一言も喋らなくなった。
 しばらくすると、奈菜が先生を連れてきて、僕は奈菜とともに家に向かった。

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