『白と黒の旋律』
第9話:後編

 ゴオオオっと物凄い音が響く。
 僕たちは、飛行機に向かっていくカートに乗っていた。
 音がするのは、遠くに見える飛行機から。
 カートには、ミシングさんの運転で、僕と結城さんが乗っている。
 もう1つのカートには、アレンザさんの運転で、茜とセシリアと葵さんが乗っていた。
 最初、結城さんは茜とセシリアの乗るカートがいいと駄々をこねていたのだが、葵さんに一喝され、茜のクナイがこめかみに刺さり、セシリアの蹴りが股間に決まり、結局悶絶しながら僕と一緒に乗ることになった。
 そんなことがありながらもまだ諦めきれないのか、しきりに後ろを走る茜たちの乗るカートの方を見ている。
 たまに、セシリアに向かって手を振ったりしているのだが、そのたびに、茜のクナイが結城さんのこめかみに深々と刺さっていた。
「結城君、いい加減諦めたらどうですか?」
 ミシングさんの言葉を聞きもしないで、またこめかみにクナイの刺さった結城さんは笑顔で手を振っている。
 結城さんは、悪魔化した僕に刺されたらしいのだが、茜の話では次の日にはもうセシリアに求婚していたそうだ。
「本当にあの人は、人間なのかわからないわ」
 と、結城さんの話が出るたびに茜は言っている。
 セシリアとは言うと、結城さんの話が出ると怖いほどの笑顔になった。
 最近、それが怒っているということに僕も気付いた。
 そうこうしているうちに、カートは飛行機の元に着く。
「りょう、いい加減にしなさい?」
 カートを降りるなり、結城さんは葵さんにまた怒られる。
「ありがとうございます」
 茜とセシリアは、アレンザさんに荷物を持ってもらい、機内に運ぼうとしていた。
「セシリアたん、ボクが持つよ」
 それを見て、懲りもせず結城さんがアレンザさんからセシリアの荷物だけ受け取ろうとするが、
「うっ……!」
 セシリアがあの怒ったときのにこにこした顔で、結城さんの腹を殴っていた。
「結城さん? いらないお世話はいいので、死んでください?」
 セシリアが平然と怖いことを言うので、僕も葵さんも茜もギョっとする。
「まあまあ」
 悶絶する結城さんを尻目に、ミシングさんはセシリアをなだめる。
「ところで、セシル君に渡すものがあります」
「?」
 僕もカートから自分の荷物を出そうとしていた。
「なんですか?」
「これを」
 ミシングさんが、白衣のポケットから出したのは銀色のブレスレットだった。
「ミシングってそういう趣味があったのか!」
 結城さんのその発言に、怒りをあらわにしたのは、茜とセシリアだった。
 まだ腹を押さえ倒れていた結城さんに、茜とセシリアは笑いながら何発も蹴りを入れた。
 葵さんの方を見ると、そんなこと完全に無視してその銀色のブレスレットを見ている。
 そのブレスレットは、装飾も全くない質素なものだった。
「これを常につけておいてください」
 僕は、言われた通りそのブレスレットを手に取り、左手を通す。
「セシル!」
「セシル君!」
 茜とセシリアの声と共に、僕は葵さんに体を抱きかかえられる。
 いきなり、足に力が入らなくなり、倒れかけたのだ。
「ミシングのことだから何かあるとは思っていたけど、これは何なの?」
 僕は、葵さんにカートに背中をつけるように座らされる。
「少し効果が強かったかもしれませんが、このくらいでないとだめなんです」
「だから、何が?」
「このブレスレットは、オーラの力を吸い続ける仕組みになっています。私たちが調べた結果悪魔の血は、強烈な感情の暴発と過度な力の解放によるものだとわかりました。それで、急遽、このブレスレットを作ったんです。元々は力の少ない者のために増幅する機能が備わったものなんですが、それを反転させているというわけなんです」
「なるほどね」
「とりあえず、しばらくは辛いでしょうが、セシル君はこれに慣れてください。これに慣れる頃には、きっと悪魔の力も制御できるようになっているはずですから」
 僕は、返事すら出来なかった。
 ただ、体がだるくて立ち上がることもままならない。
「常に力を放出し続けていれば、なんとか普段の生活は出来るようになると思います。ただし、疲れ方はただ事ではないですが」
 ミシングさんはそう言い、笑みを浮かべた。
 言われた通りに、僕は力を集中する。
 そして、足に力を入れ立ち上がる。
「セシル、大丈夫?」
「うん。なんとかって感じだけどね」
 結局、僕の荷物は葵さんが運び出してくれる。
「それじゃあ、僕たちは行きます」
「うん。しばらくすぐに任務って感じにはならないと思うので、ゆっくりしていてください。任務については、葵君より連絡を入れてもらうようにします」
「わかりました」
「私は、まだもう少しやることがあるから、しばらくここに残るわ」
 そう言う葵さんを残し、僕たちは飛行機に乗り込む。
 座席は、やっぱり全て空いていて僕は窓際に座る。
 隣にセシリアが座り、通路側には茜が座った。
 すぐに、離陸のアナウンスが流れ、僕たちはベルトを締める。
 窓から外を覗き込むと、涙をぼろぼろとこぼす結城さんの姿が目に入った。
「セシリア、手くらい振ってあげたらどう?」
「誰にですかぁ?」
「いや、ほら結城さんに」
「だ・れ・にですか?」
「ごめん」
 僕は、笑顔が怖いセシリアから目を離すように、もう一度外を見る。
 それと同時に、飛行機が離陸に向かってゆっくりと動き出した。
「ここには少ししかいなかったけど、色々あったわね」
 茜にそう言われ、なんだか何年もいたように懐かしく思う。
「そう言えば、聞くの忘れてたけど……」
「うん?」
「セシルって、黒の教団に入団出来たの?」
「うん、一応ね」
 僕たちは、結局一度も制服を着たところを見せていない。
 茜とセシリアはどうしてなのかわからないが、僕は制服には任務のときだけしか着たくなかったのだ。
 どうしてなのかと聞かれたら、答えるのは難しい。
 ただ、黒の教団の人間としてというのと、セシル・リディシアという1人の人間とを区別したいというのも、もちろんある。
 でも、制服を着るということは、力を使うということ。
 そうなれば、正直言っていつまた悪魔になり暴走するかわからないという恐怖もあった。
 だけど、怖がってばかりいれば任務は完遂出来ない。
 その矛盾があって、僕は制服にまだ袖を通していなかった。
 と、ボーっとそんなことを窓の外を見ながら考えていた。
「あ!」
「セシル君? どうしたんですか?」
「ううん、なんでもないよ」
 飛行機から見えたその姿に、僕は安心する。
(そうか、イン君……)
 制服を着たイン君が、建物の屋上から僕たちの乗る飛行機の方を見ていた。
 そして、僕たちを乗せた飛行機は、日本に向かって離陸した。



「まさかのことが起こったな」
 俺は、目の前に出された食事に手をつけながら、誰に言うでもなく1人呟く。
「うん」
 俺の言葉に反応したのは、目の前に座った中学生くらいの女の子だった。
 服装は、白を基調としているのだが、どこか子供っぽく男の子のような服装だ。
 でも、この女の子はどこか楽しげだった。
「どうした?」
「なんでもないよ」
 ぶっきらぼうにそう言うのだが、顔はにこにこしている。
 まるで、新しいおもちゃを買ってもらった子供のようだ。
「このガキ、何か考えてるわよ」
「キーッ! なんだよ! このブス!」
「なんですって!」
 また、始まったか。
 やれやれと、俺はその2人から顔をそらし、目の前の食事に手を戻す。
 そんなことお構いなしに、2人は何事か罵り合っていた。
「イーッヒヒヒヒヒヒヒ」
 独特の気の狂ったような笑い声がした瞬間、俺は体を固まらせる。
 それは、目の前の2人も同じで、今まで散々罵り合っていたのをやめる。
「楽しそうですね〜」
 その言葉に、2人は体を硬直させた。
「どうしたんですか〜? 続けてください〜?」
 だが、2人は声を出さない。
 それを見て、安心したのか、それとも不服に思ったのかはわからない。
 ただ、
「さて〜、今回のことですが〜……」
 話を切り替えることにしたようだ。
 しかし、その言葉が出た瞬間に、俺は全身から汗が噴き出すような焦りを感じる。
「デシアさん〜? 何か言いたいことはありますか〜?」
「ちょ、ちょっと待って! 今回は、あの悪魔がいたからこうなったわけで、そうじゃなかったらこんなことにはなってないよ!」
「あなたは〜、黙りなさい〜?」
 俺を庇おうとしてくれたのか、声を出した女の子、シュランは黙る。
「まあ〜、でも確かにあの悪魔の子孫がいたとは知りませんでしたね〜」
 今回のことは、全て俺が仕組んだことだった。
 狂気にも似た憎悪で全てを憎んだオーラを使う子供をたまたま見つけたとき、俺は久しぶりに胸が高鳴った。
 普段、主やシュランと違い人間として偽り生活する俺は、その日常につまらなさを感じていたのだ。
 もちろん、人間として暮らす毎日は楽しかった。
 だが、どこか刺激がない。
 そんなときに、見つけた子供だった。
 俺は、そのすさまじいほどの憎悪をさらに増やしてみたくなり、白魔を憑かせた。
 そして、黒の教団を潰すという刺激を思いついたのだ。
 だが、失敗した。
 わざわざ、その役目をまっとうさせるために3匹もの白魔を送りつけたにも関わらず……。
 主の言う通り、まさかあの悪魔の子孫がいるとは考えもしなかった。
 悪魔は、俺たちの使命を邪魔する者。
 大昔、俺たちは悪魔を全て殺したはずだった。
 しかし……。
「さて〜、これからどうしましょうね〜」
「主?」
「今度は〜、なんですか〜?」
 それまで、黙っていたシュランが口を開いた。
「今度は、僕が遊んでもいい……?」
 おずおずとシュランが言う。
「うーん〜、そうですね〜」
「いくら悪魔の子孫がいたからって、たかが相手は人間! それに、あの様子だと悪魔の力をコントロール出来るとは思えないし!」
 一気にまくし立てるようにシュランが言った。
「確かに〜、そうですね〜」
 主が首をかしげるように言う。
「でも〜」
 そこで、主は顔をシュランに向けた。
「コントロール出来ないことが、一番まずいとはわからないんですか?」
 それまで、間延びした話し方をしていた主が急に口調を変える。
 今、主の顔は見れない。
 もし、見てしまえば……。
 しかし、シュランは自分の話していた勢いで完全に見てしまっていた。
 ドタンッ
 その音と共に、シュランが椅子から倒れるように崩れ落ちた。
 それを横で見るもう1人の女、ライチェは顔が真っ青になっていた。
 ここからでは見えないが、きっとシュランは口から泡を吹いて白目でもむいているのだろう。
 ライチェは、綺麗な女だった。
 よくシュランと言い合いになるのがたまに傷だが、それを除かなくても美しさに変わりはなかった。
 とは言え、こいつの性格の悪さはよく知っている。
 それに、俺たちに恋愛などという感情はなかった。
「お〜? シュランさんはどうしたんでしょうね〜?」
 元の口調に戻った主が、さらに怖かった。
「でも〜、確かにシュランさんの言ったとおり〜、今すぐ何か変わるというわけではないでしょう〜」
 その言葉を聞き、俺たちは硬直していた体から少し力が抜ける感じがした。
「しかし〜」
「?」
「まずい状況になっているのかは〜、確かめなければいけませんね〜。それに〜、可能なら彼を殺すことも視野に入れておいた方がいいかもしれませんね〜」
 確かに、その通りだ。
 何かある前に手を打った方がいいかもしれない。
「まあ〜、もうちょっと様子を見ましょう〜」
 そして、主はやっと自分の目の前に置かれた食事に手をつけ始めた。
 話が終わった証拠だった。
 それを見て、俺たちも食事に戻る。
 シュランは、あいかわらず起き上がってこなかった。

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